びっくりしたなあもう4

BYDのRACCO発売

先日、実家の近所を歩いていたら、四角い車ばかり通ることに気がついた。ホンダ・N-BOXやダイハツ・タントなどの軽トールワゴンである。これらの車が売れているのは知っているし、レンタカーなどで自分も乗っているが、ここまで多いとは思わなかった。

もし、僕が実家で車を買うとしたら同じような車になるだろう。僕の場合、高齢の親を後ろに乗せることが多い。室内はなるべく広い方がいいのだが、普通車のミニバンやSUVだと車高が高く高齢者には乗り降りしにくい。スライドドアは必須。乗り降りしやすいし隣の車にドアをぶつける心配もない。これは高齢者だけでなく子供を乗せる場合も同じだろう。

他は運転したことがないので、ホンダのN-BOXに限って言うと運転もしやすい。550ccの時代から軽自動車を運転しているが、平地を走っている分には軽であることを忘れるレベルだ。しかし、ちょっとした坂を登ったり、高速道路に乗ったりすると、苦しげなエンジン音とパワー不足で「ああ、やっぱり軽なんだな」と実感する。

で、ここからが本題なのだが、昨日BYDのRACCOが発売になった。

BYD RACCO:BYD

見た目はN-BOXやタントなどとそっくり。しかし電気自動車だから、あの苦しげなエンジン音はないし、トルクも太いはずだからパワー不足もあまり感じないだろう。ついでにガソリン車より車重が重いので、最大の弱点である横風にも強いはず。値段は一番低いグレードで200万円(補助金込み)を切るという。N-BOXなどとほとんど変わらない。

ガソリン車より走行距離が短いとかいっても、こういう車でそんなに遠くへは行かない。充電設備がないといっても、自宅で充電すればむしろ楽だ。ガソリンスタンドは年々減っている。行かなくてすむならこれほどありがたいことはない。十分、N-BOXやタントのライバルになれるし、むしろ優位な点が多い。

しかしすぐには売れないだろう。まだまだ電気自動車に対する抵抗と中国車への偏見があるからだ。だが、この車によって昔のコンパック・ショックみたいなことが起こるんじゃないかと思っている。

コンパック・ショックとは、NECのPC98シリーズ(パソコン)全盛の時代に、アメリカのコンパックが安いDOS/Vパソコンを売りだしPCの価格低下の引き金になったことである。

ショックとはいうものの、発売してすぐにコンパックのPC自体が売れたわけではなかった。PC98への信頼は根強く、発売後しばらくは売れなかったが、やがて他社もDOS/Vパソコンを売るようになり、最終的にはNECも98シリーズからDOS/Vに移行した。

同様に、BYDのRACCOはすぐに売れることはないだろう。しかし、これが電気自動車普及のトリガーになるのではないだろうか。その時日本の自動車メーカーたちが追随できるか。ちょっと楽しみにしている。

熊本で震度7の地震

熊本で発生した地震により被災された皆様に、お見舞い申し上げます。

一日も早く安心できる日常を取り戻し、地域の復興が順調に進みますことを心よりお祈り申し上げます。

熊本で震度7 複数の安否不明者 交通網遮断 被害全容つかめず:NHK ONE
28日午後4時27分ごろ、熊本県熊本地方を震源とする地震があり、熊本県の宇城市と氷川町で震度7の揺れを観測しました。
熊本県嘉島町にあるショッピングセンター「イオンモール熊本」で爆発があり、警察庁によりますと、従業員ら複数の安否不明者がいるということです。詳しい状況などはわかっておらず、客が含まれているかはわかっていないということです。

古文・漢文が嫌いな理系

最近、Xなどで自称〈理系〉の人が「古文や漢文はいらん」といっているのをよく見る。「古文や漢文はいらん」というのは「古文や漢文は苦手」をカッコつけて言っているだけのことだと思っているので、「ああそうですか」としか思わないが、40年ぐらい前に受験生だったころを思い出すと、別の意味で違和感を覚える。

それは、そのころ古文・漢文が苦手という〈理系〉志望の人に会ったことがないからである。むしろ、現代文の方が苦手だという人が多かった。彼らのいいぶんは「古文や漢文は単語と文法を覚えてそれに当てはめればいいから簡単。現代文はその先を考えなければいけないから難しい」というものだった。

入試の古文・漢文は解釈が問題の中心になるから、文法が分かれば正確な答えが出る。文学史は他の教科同様覚えるだけ。今の言葉でいえば、〈理系〉の人にとって古文・漢文はタイパがよかった。

一方、僕を含めていわゆる〈文系〉の人は文法が苦手な人が多い。たぶん、コンテクスト(文脈)で読むくせがついているからだろう。研究するとなると苦手じゃすまないので、イヤイヤ文法を勉強したが、受験生のころは苦手すぎて〈理系〉の人に聞いていたぐらいである。

時代が変わったと言ってしまえばそれまでだが、それならそれで理由があるはず。昔よりもやることが増えて余裕がなくなったか、古文・漢文の授業が減って理解が追いつかなくなったか、入試にあまり必要なくなったからか、そのへんはよく分からない。

さて、ここまで〈理系〉〈文系〉とカッコ付きで書いたが、これは〈理系〉〈文系〉などと分けるのが嫌いだからである。〈理系〉・〈文系〉は学術用語ではなく受験用語である。こんな言葉にいつまでも囚われず、受験が終わったらさっさと忘れたほうがいい。

昔の扇風機はどうやって風量を変えているか

あまりに暑いのでちょっと古い扇風機に当たっていて、ふと疑問がわいた。

これ、どうやって風量を変えているんだろう。

電気工事士の試験の中に交流電動機(交流モーター)に関する問題が出る。その時学んだのは、交流モーターの回転数は周波数と磁極の数で変わるということだ。

ということは、扇風機の風量を変えるには周波数を変えなければならない。だが、電圧は簡単に変えられるが、周波数を変えるのは容易ではない。そのためにはインバーターを使わなければならないが、昔は扇風機ごときに使えるものではなかったはずだ。

しかし、扇風機の風量切り替えは僕が子供の頃から付いていた。どういう仕組みになっているのだろう。調べるのが面倒くさかったのでGeminiくんに聞いてみた。

わし:
交流モーターって基本的に回転速度を変えるためには周波数を変えなきゃいけないんですよね。でも扇風機は昔から回転速度を変えられます。どうやって変えているのでしょうか?
Geminiくん:
多くの家庭用扇風機で使われているのが、コイルの「巻き数」をスイッチで切り替える方法です。

仕組み: モーターの中にあるメインのコイル(主巻線)から、途中で何本か線(タップ)を引き出しておきます。

強: コイルを短く使い、電流をたくさん流して磁力を強くする。
弱: コイルを長く使い(抵抗を増やし)、電流を抑えて磁力を弱くする。

「磁力(トルク)」を弱めると、羽が空気の抵抗に負けて回転が落ちます。つまり、「モーターの力」と「空気の抵抗」が釣り合うポイントをずらすことで、結果的に速度を変えているのです。
なんと、もともとの回転数は一定だが、回る力(トルク)を変えているという。ということは、羽を付けないで回すと強だろうが弱だろうが回転数は変わらないということだ。発想の転換である。これを発明した人は天才だと思った。

ちなみに、今売っている大部分の扇風機はこの方法は使われていない。直流モーター(DCモーター)を使い電圧を変えることで回転数を変えている。羽を外しても回転数は変わらない。細かく回転数を制御できるのはそのためである。

山田五郎氏逝去

かねてからガンで闘病中の山田五郎氏が亡くなった。ご冥福をお祈りします。
山田五郎さん死去 67歳 「もう死ぬよ」告白から5日 ステージ4Bがん闘病も最期まで仕事続ける:Yahoo!ニュース-スポニチアネックス
美術評論家で雑誌編集者の山田五郎(やまだ・ごろう、本名武田正彦=たけだ・まさひこ)さんが14日、原発不明がんのため死去した。67歳。東京都出身。公式YouTubeで訃報が伝えられた。
最初に山田五郎氏を見たのはタモリ倶楽部のミニコーナーだった。ミニコーナーは長く続いた空耳アワーが有名だが、それ以前は何度も変わっていて、空耳アワーの直前が山田五郎氏とタモさんが女性の尻を鑑賞し星で評価する「今週の五ツ星り」だった。

毎週一つの尻を鑑賞する。尻は本物の女性のもので顔は一切出ない。「和尻」「洋尻」(ほかにもいろいろあったが忘れた)などのタームを使って、山田五郎が鑑賞し評価する。こう書くと何が面白いかさっぱり分からないし、単にスケベな感じしかしないが、実際は全くエロを感じさせず、逆になにやらインテリジェンスを感じる。当時タモさんが「山田五郎教授」と呼んでいたので、本当にどこかの大学の先生だと思っていた。

そのころ出た著書『百万人のお尻学』も読んだ。タイトルとはうらはらに完全な教養書で、西洋美術などに見られる尻の描かれ方で、その文化史的な価値を論じている。ちょっと衒学的な感じもするが、そこがまた山田五郎氏らしくて面白かった(と記憶している)。

最近ではYouTubeチャンネル山田五郎 オトナの教養講座の美術解説もほぼ毎回見ている。ただの鑑賞ではなく、美術史的な文脈や画題の解釈など、美術の見方をわかりやすく解説していて面白い。

芸術には歴史的な文脈がある。文脈がなくても鑑賞はできるが十分な理解はできないし、文脈が分かるとその作品が持つ本当の意味が分かる。だがこの文脈を語るのは難しい。これを誰にでも理解できるように、興味深く話せるのが山田五郎氏の手腕である。

オトナの教養講座は最後の一つ、「メメント・モリ」がまだ残っているそうだ。「メメント・モリ」とは「死を想え(自分がいつか死ぬことを忘れるな)」という意味だから、死を覚悟してのタイトルだろう。見るのが辛いが見ないわけにはいかない。

それぞれの時代のアンチ

19世紀末 自動車: ガソリンは危険。重すぎて道を壊す。ガソリンスタンドがない。馬車にはかなわない。

1912年 タクシー: スピードが出すぎて危険。日本の狭い道路に合わない。人力車の情緒にはかなわない。

1880年 電灯: 光が冷たくて不自然。感電して危険。ガス灯の温かみにはかなわない。

〜

1982年 CDプレーヤー:デジタルの音は不自然。CDの音は冷たい。レコードにはかなわない。

1992年 コンパックショック(DOS/Vパソコン):ソフトウェア資産が少ない。周辺機器が対応していない。NECのPC-98シリーズにはかなわない。

1994年 格安プロバイダ(インターネット):インターネットなんてパソコンないと見られない。通信速度遅すぎ。パソコン通信で十分。

1995年 カシオQV-10(デジカメ):画質が悪い。表現力が低い。フィルムカメラにはかなわない。

2005年 Willcom W-ZERO3(スマートフォン):電話としてでかすぎる。バッテリーの持ちが悪い。重い。ガラケー(当時そんな言葉はないけど)にはかなわない。

現在 EV:充電時間長すぎ。走行距離短すぎ。車体重すぎ。リチウムイオン電池が危険。内燃機関にはかなわない。

中国と台湾と日本の関係

こんなの専門でもない僕が書くべきことじゃないし、こんな泡沫ブログで書いてもしょうがないのは分かっているが、高市首相による台湾有事発言やそれに対する日本人の反応を見ていて、当たり前のことでも書かなければならないと思った。中国と台湾と日本の関係について、日本人はあまりに知らなすぎる。

そもそも中国と台湾という言葉が誤解を与えている。どちらも、地域の名称であると同時に国家の通称としても使われるからである。しかも地域としては台湾は中国に内包されるからややこしい。

現在、中国本土を支配しているのは国名としては中華人民共和国である。一方、台湾省と福建省の金門島を支配しているのは中華民国である。これが正式な国名なのだが、名前も似ていてややこしいので以下国旗(もちょっと似てるけど)で表すことにする。つまり、

中華人民共和国=大陸=🇨🇳
中華民国=台湾=🇹🇼

と表現し、以下台湾を含む全域を「中国」と表現する。

🇨🇳と🇹🇼は政治経済上独立した別の国である。しかし、両国間にはコンセンサスがある。それは、

中国は一つの国である

ということだ。これは🇨🇳の習近平主席がよく言っているので🇨🇳の主張だと思われがちだが、実は🇹🇼も同じ立場だ。それぞれの主張をわかりやすくまとめると、次のようになる。

🇨🇳の立場:台湾も含む中国は一つの国で、🇹🇼は台湾省と福建省の金門島を勝手に支配し国と主張している。
🇹🇼の立場:台湾も含む中国は一つの国で、🇨🇳は台湾と福建省の金門島以外を勝手に支配し国と主張している。

三国時代、魏・蜀・呉の3つの国が中国に現れた。それぞれの国に曹操・劉備・孫権という三人の皇帝がいるのだが、曹操は劉備や孫権を勝手に皇帝を名乗っている奴としか思っていない。他の二人も同様。これと同じことである。

では、外国である日本や米国の立場はどうか。日本は田中角栄が1972年9月29日日中国交正常化を果たして以降、中国の正当な政権は🇨🇳としている。アメリカは遅れて1979年1月1日に🇨🇳を正当な政権とした。

「中国は一つの国」というのが🇨🇳と🇹🇼のコンセンサスだから、🇨🇳を正当な政権とすると🇹🇼は国家としては認められなくなるため、🇹🇼とは〈国交がない〉ことになる。日米とも今日に至るまでこの立場は変わっていないし、世界の大部分の国はこの立場に立っている。オリンピックで🇹🇼がチャイニーズ・タイペイというナゾの国になっているのもこのためだ。

「中国は一つの国」だから、万一🇨🇳と🇹🇼が戦争になってもそれは内戦である。もし戦争になれば軍事力のある🇨🇳が圧倒的に有利だ。だから🇨🇳はあくまで内戦ですまそうとするし、🇹🇼は外国を味方に巻き込もうとする。不利な方が異民族の軍事力に頼るのも中国の歴史上、何度もあったことである。

ここで、高市首相の発言を思い出してほしい。首相は「台湾有事の際は(日本の)存立危機事態になりうる」と言った。これでは台湾有事は国家間の戦争だということになり、従来の日本政府の見解とは異なっている。🇨🇳が怒るのは当然である。いかに首相とはいえ、勝手に国の立場を変えてはいけない。日本人も怒るべきだ。

では、本当に台湾有事があるかというと僕はないと思う。トリガーは🇹🇼が独立しようとしたときだが、政治経済的にすでに独立している🇹🇼が危険をおかして独立宣言をする必要があるとは思えない。逆に、現状の🇹🇼を人的・経済的な犠牲を払って🇨🇳が併合する必要も感じられない。台湾有事は日本の政治家が危機感を煽るために使っているだけである。

やってるふりがうまい奴

世の中には〈やってるふりがうまい奴〉というのがいる。手口はこうだ。

〈やってるふりがうまい奴〉は簡単で目立つ仕事をやりたがる。逆に手間がかかることや面倒なことは自分ではやらず人にやらせる。

簡単で目立つ仕事は、失敗する可能性が低い上に注目される。逆に面倒で目立たない仕事は、失敗する可能性は高く、成功しても目立たないが、失敗したときにはより目立つ。たいがいはそちらの方が重要な仕事である。

何が言いたいかというと、国旗損壊罪と皇室典範の改正のことである。どちらも目立つ仕事だが、普通の人は国旗なんか壊さないどころか触ったことすらないし、皇室がどうなろうと一般国民の生活には一切関係ない。国民にとってどうでもいいことだから、まともな政治家は誰も手を付けてこなかっただけである。

だが、それだけに間違いなく目立つ。どちらも人権上の大きな問題があるので、反対意見を持つ人は批判しなければならなくなる。とくに皇室典範の方はすごい。今まで天皇にも皇室にも興味がなかった人ですら、男系がどうの女性天皇がどうのと言わざるをえなくなった。これによりさらに目立つ仕事になってしまった。完全に〈やってるふりがうまい奴〉の手口に巻き込まれているのである。

つまり、国旗損壊罪も皇室典範も高市首相の〈やってるふり〉なのである。どうでもいい法案だから、自民党内のコンセンサスは得やすい。逆に人権問題なので野党からはいい感じに反対意見がでる。国民もどうでもいいと思っているから、「些細なことに反対する野党と戦う首相」のようなストーリーを描きやすい。まさに〈やってるふり〉にはこれ以上ないテーマである。

一方で悲願のはずの消費税減税はどうなったか。ご存知の通り、作らなくてもいい国民会議なるものを作って丸投げである。これなら話が進まないのは国民会議のせいにできる。

消費減税は先送りで協議継続 給付制度案「前向き評価頂いた」:テレ朝NEWS

たぶん、この人は〈やってるふり〉を駆使して首相の座まで上り詰めたのだろう。あの英語のスピーチや、不自然な笑顔を思い出してほしい。あれこそまさに〈やってるふり〉の象徴である。

禁じられた遊び

コロナ禍前にはまっていたインラインスケートだが、最近運動不足でまたやりたくなってきた。

インラインスケートに適した場所は意外に少なく、いつも滑っていたのは文庫の森公園(昔の国文学研究資料館跡地)だった。さすがに真っ昼間に滑るのは迷惑なので、10時過ぎほとんど人のいない公園を小一時間滑ってくるのが日課だった。ここはちょっと狭いが、舗装の質が良く起伏もいい感じだったので滑るのにうってつけだった。

そのころから、自転車とスケートボード禁止の立て札はあった。インラインスケートはスケートボードのようにうるさくないし、足から離れて飛んでいく危険性もない。そもそも、僕以外の人が滑っているのを見たことがない。問題なかろうとたかをくくっていたのだが、先日ひさしぶりに公園に行って驚いた。
スケート禁止
おもいっきり禁止されている。立て札のすすけ具合から最近立てられたもののようだ。ローラースケートと書いてあるが、ピクトグラムが履いているのはどうみてもウィールが縦に並んだインラインスケートである。

あれ?もしかして僕のせい?

定時制高校で感じた社会の移り変わり

よく「定時制高校はどういう感じですか」と聞かれる。これはとても答えにくい質問だ。時代によっても地域によっても、生徒も学校の雰囲気も違うからである。定時制で時代の変化を強く感じたことがある。昨日の記事で「3年で閉課程になる」と書いた学校のことだ。

2018年の夏休み、その年はハルビンと長春に旅行に行ったのだが、帰ってきた日の数日後、その学校の副校長から、入院した先生の代わりに一ヶ月ほど書道の授業をやってくれないかという電話が入った。二つ返事でOKした。時間が空いていたのと、家から近かったからである。ちょっとした臨時収入を得た。

以前からその学校は外国人が多いとは聞いていた。だが、行ってみてびっくりした。20人程度のクラスの半数が中国人だったのである。出身を聞くとほとんどがハルビン出身。「おれ、先週までハルビンにいたんだよ」などと話したのを覚えている。

日本と中国では書道の教え方が違うが、そこは漢字の本家本元、筆で書いた経験もある。教えるのはさほど難しくなかった。給食の時間はやたらとにぎやかで中国語が飛び交っている。まるで中国の食堂に来たようだ。

このときは代打の一ヶ月だけだったのが、それから2年後に同じ学校から今度は継続でやってくれと電話が来た。

前のことを思い出しながら行ってみて驚いた。中国人は学年でも一人だけ。外国人そのものの人数は前とは比較にならないほど少ないが、ネパール人が多く次いでフィリピン人が多かった。

この年はコロナ禍で、5月いっぱいまで授業ができなかったのだが、中国人がいない理由はコロナではない。なぜなら、コロナ禍は中国で先に始まっているからである。自国が成長したので、わざわざ日本に来て働く必要がなくなったということだと思う。

給食室は以前と同じ部屋とは思えないほど静かになった。授業は大変だ。なにしろ漢字が読めない人たちに『蘭亭序』を教えなければならないのだ。
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